たまたま米軍厚木基地の横を通り過ぎました。沖縄に駐在していたとき、目にしていた風景と同じです。一挙にその頃の感覚が蘇ってきました。
当時の大田県政は、基地返還アクションプログラムという構想を掲げていました。アジアにまたがる国際交流拠点になるべく、2015年を目標に、段階的な基地の返還を目指すものです。
私は驚きました。明らかに現実的ではない内容も含まれていましたが、一地方自治体が、国に対して、自分たちはこういう沖縄を作りたいんだ、という心意気が示されていたからです。
あれから年月が流れ、2015年になりました。返ってきた基地もあれば、返ってこない基地もあります。構想を覚えている人も少なくなりました。