横須賀市にある国立研究開発法人、海上・港湾・航空技術研究所は、人工の津波をつくってさまざまな研究を行なっています。4年前、研究グループが発表した研究結果は、ライフジャケットの装着によって津波による犠牲を大きく減らせる可能性を示したものとして注目です。
東日本大震災では、警察の検視の結果、亡くなった方の90%が溺死であることが判っています。大きな外傷は4%に過ぎません。研究グループでは、施設にある水路を使って、津波を人工的につくり出し、何もつけない時のダミーの等身大の人形とライフジャケットを着けたときのダミーの人形がどのような動きをするのか、特に頭部がどのような動きをするのか実験しました。
水路は長さが184メートル、幅が3.5メートル、深さが12メートルあり、人工津波の高さは50センチメートルです。使われたライフジャケットは、オーストラリア製のもので、アメリカ沿岸警備隊の基準につくられたライフジャケットだということです。日本のものと比べて浮力は少し少ないそうです。
ライフジャケットを着けていない場合の実験が6回行なわれましたが、2秒後には津波の渦に巻き込まれ、いったん深く沈んだ後、水面近くまで上がりますが、すべてのダミーが2度と水面に浮きあがることはなく、水中で上下への動きを繰り返しました。
これに対してライフジャケットを着けた場合の実験は4回行なわれ、ダミー自体は水中に巻き込まれることなく、頭部は常に水面の上にとどまることができたのです。研究グループは、サーファーが波に乗っているときのように動くと表現しています。実験では頭部に加速度計を付けて、頭部の動きを正確に計測しましたが、ライフジャケットを着ければ頭が沈むことはありませんでした。
頭部が水中に沈むと水を飲みこんでしまい、呼吸が難しくなり、どんなに泳ぎが得意でも水面になかなか上がれないと指摘されています。また津波の力は巨大で、一度巻き込まれると脱出はほとんど不可能です。頭が沈まず、呼吸ができることが重要です。研究グループは、「これまでの研究は津波が沿岸部に到達する時間やその津波の高さ、高台に避難する組織づくりや啓もう活動に注がれてきた。しかし溺死による犠牲をどう減らしていくかの研究も大事ではないか」として、ライフジャケットの着用による可能性に活路を見出してます。さらに低体温症を防ぐため、いち早い救出活動も必要です。
研究グループの一人である日本赤十字看護大学付属災害・救護研究所の栗栖茜客員研究員は、ライフジャケットの有効性について、50センチメートルでの実験しかできなかったのでデータ的な回答はできないが、実験からはどの高さでも有効ではないかという印象を受けたと話します。そして1メートルでの実験やコンピューターによるシュミレーションが必要だとしています。
だれもが津波対策としてのライフジャケットの可能性について思い浮かんだことがあるのではないかと思います。しかしそれを証明する研究があったことに驚くと共に希望を感じざるを得ません。