国会では公文書の改ざんが問題となっていますが、江戸時代、国書が偽造されたことがあったそうです。朝鮮との国交回復の際、幕府の仲介役だった対馬宗家が、秀吉による朝鮮出兵について、家康が謝罪したことにして、偽の国書を提出したというのです。
改ざんは、立法府が軽視された重大な問題ですが、こちらは朝鮮通信使の派遣という外交結果をもたらしました。200年にわたって、派遣は12回に及ぶなど両国の間に平和が続いたのです。朝鮮通信使は、数百人からなる大行列で、江戸までの道中を各藩がリレー式で接待しました。異国情緒あふれる大行列は、大変な人気で、藤沢も宿泊場所となっていました。「ふじさわ宿交流館」には、当時の様子を描いたパネルが展示されています。
去年、朝鮮通信使に関する資料が、ユネスコによる歴史的な価値がある文書「世界の記憶」に登録されました。登録に当たっては、両国の民間団体が様々な譲り合いを経て、共同申請に漕ぎつけた経緯があります。
わたしは藤沢の特徴のひとつが「開放性」にあると思っています。誰に対してもオープンな明るい土地柄です。朝鮮通信使の宿泊場所のひとつだったことはそれを証明するもので、大事にしていかなければならない歴史だと思います。