その男性は、一人で政策チラシを配っていたわたしに近づきました。はにかみながら一枚欲しいと言うのです。わたしは、喜んで手渡しました。
「おじさん」は、駅前で雑誌「ビッグイシュー」を販売しています。一人でがんばる姿に、共感し合ったのかもしれません。大した会話も交わしてないのに、仲良くなりました。
ビッグイシューは、ホームレスの方たちが、働くことで、自立をめざすプログラムで、会社から雑誌を買った上で販売しています。
定価は350円で、およそ半分が収入になります。都市部の街かどで、静かに雑誌を売る姿を見かけた方も多いと思います。
選挙戦が始まるとたいへんなのが、街頭活動の場所取りです。人海戦術ができる大きな陣営ほど有利です。駅前は人気で、わたしもすき間をぬって、「領地」を確保します。
たいへんなのは、候補者だけではありません。おじさんもあおりを受けました。いつもの定位置を断念せざるを得なかったのです。販売の際には、ほかの市民の邪魔や通行の妨げにならないよう求める行動規範があるのです。
その日、おじさんは、いつもの場所ではなく、隅っこの方で、小さなイスに腰掛けて、販売を続けていました。おじさんの計らいで、隣の小さなスペースで街頭活動を行なうことができました。おじさんが、トイレに行っている間は、わたしが見張り番です。
選挙が終われば、われわれが街頭に立つ機会は、一挙に減ることでしょう。一方、おじさんは、街頭に立ち続けることでしょう。自分の力で自立するために。そして、いつかおじさんの姿を見なくなる日が来るはずです。